スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

吉田松陰の書状発見 門下生あて 著作断念の思いつづる(産経新聞)

 幕末の思想家、吉田松陰(1830~1859年)が、安政の大獄で長州(山口県)から江戸への移送が決まった直後、松下村塾門下生にしたためた書状が同県防府市の民家で見つかり、萩博物館(同県萩市)に寄託された。江戸送りを命じられた松陰が、混迷する当時の情勢を書き残そうと思いながら時間がなく、その実現を託そうとした思いなどを記した内容で、同館は「松陰の心境がうかがえる貴重な資料」としている。

 長州藩の獄中にいた松陰が、藩内の別の牢獄(ろうごく)にいた塾生の入江九一にあてた手紙で、安政6(1859)年5月15日付。松下村塾で作った原稿用紙が使われ、何枚かのうちの後半部分の1枚とみられる。入江は高杉晋作らとともに「松門の四天王」と呼ばれた。

 手紙には「天朝去年ノ一大事ノ大略ヲ初メ諸藩ノ風聞等ヲ真仮字ニテ録(ろくし)メ一著セント思フ 遂ニ暇ナシ 足下急ニ是ヲ果スベシ」などと記載。「天朝去年ノ一大事ノ大略」とは、前年に幕府が朝廷に無断で結んだ不平等条約の日米修好通商条約を指すとみられ、動乱の時事情勢を書き留めようと使命感を持ちながら果たせない無念さと、自身の志を継ぐ人物として入江への期待感が表れている。

 このほか、文末には「偶作」として、幕府にとらわれの身となる思いをつづった自作の漢詩2編も書き添えられている。

 萩博物館の樋口尚樹・副館長は「2人はたびたび手紙を交わし、入江が『著作は自分が引き受ける』と書いたものも残っていた。2人のやりとりの空白を埋めるパズルのピースのような発見だ」と評価。書状は6日から同館で公開される。

【関連記事】
郷土の偉人、学べない? 吉田松陰、米内光政…一部教員クレーム
維新の父・吉田松陰の命日に「至誠館」オープン 萩・松陰神社
吉田松陰の絶筆が山口県文化財に
吉田松陰の思い次世代へ 没後150年、萩に宝物殿27日開館
「安政の大獄」から150年…ひこにゃん、松陰ゆかりの萩市訪問

別3事件の被害品所持=国内20~30件関与か-香港で起訴の男ら・警察当局(時事通信)
首都圏連続不審死 「背もたれ傾き」端緒 自殺から事件に(毎日新聞)
夕方閣議で陛下にご負担 官房長官「宮内庁と相談して対応したい」(産経新聞)
元タクシー運転手を殺人で再逮捕 警視庁 (産経新聞)
江戸川区が全校に読書科新設へ(産経新聞)
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。